根管治療における穿孔を原因とする抜歯
Top 最終更新日 2019/07/29

■ 根管治療における穿孔を原因とする抜歯の判例

# 東京地裁判決 平成17年2月25日

# 判決
・ 原告の請求を棄却する。
・ 訟費用は原告の負担とする。

# 概要
・ 原告は、過去に右下の歯の治療を受けブリッジを装着していたところ、その部分が再び痛み出したので被告医院を受診して診療契約を締結し、被告から根管治療を受け、ブリッジを新しいものに付け替えた。しかし、下顎右6番の歯(右側下顎部正中部から数えて6番目の歯を指す。以下「右下6番」といい、その他の歯についても同様に呼ぶこととする。)の痛みがなくならず、結局抜歯することとなったものであるところ、このような結果を招いたのは被告が右下6番の根管治療の際に誤って穿孔した過失及び右下8番について不必要な断髄及び不完全な根管治療を行った過失によるものであるとして、原告は、被告に対し、損害賠償と訴状送達の日の翌日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した。

# 争点
1 右下6番の根管治療において、近心根管側壁と髄床底に対し、誤って穿孔し、かつこれに対する処置を怠った過失の有無。
2 右下8番の根管治療において、必要のない神経を除去し、また、不完全な根管治療を行った過失の有無。
3 各過失による損害の発生の有無。
4 損害額(判断する必要がなかった争点)

# 争点1

# 原告の主張
・ 被告は、平成11年2月16日から同年3月24日まで、リーマー(針状のやすり)による根管拡大治療を行っていたところ、同月19日には「閉のまま」、拡大を断念したとカルテには記載されている。しかるに、短期間に6回という多数回にわたる根管拡大治療を行ったにもかかわらず、結局のところ、根尖部に到達せず断念したという経過からして、上記治療過程において、リーマーにより側壁の穿孔が引き起こされた可能性が高いものというべきである。
・ 被告は、右下6番に穿孔があることを認めながら、この原因として、抜歯の器具によって削れた可能性と原告が20年ほど前に受けたC歯科医院(以下「前医」という。)の治療による可能性を指摘しているが、これらの主張は、以下に述べるとおり、合理性を欠く。
 まず、抜歯に当たって器具は当該部位にさわる必要はなく、その器具によって近心根の表面が削れることはあり得ない。また、確かに、前医は原告に対して右下6番の根管治療を行っており、根管充填処置も実施した。しかし、被告医院を受診した段階では、右下6番の近心根において、慢性根尖性歯根膜炎に起因する根尖孔を含む多少の骨の透過像を呈してはいるものの、根分枝部においては、慢性辺縁性歯周炎が著明に出現している状態ではなく、根管充填材もレントゲン写真上遠心側壁には到達していないのであるから、前医による上記根管治療は、完全ではないにしても、これによって穿孔が生じていたものとは考え難い。もし、この時点で穿孔していれば、根管充填材が穿孔を通じて管外へ溢出していたはずであり、そのことや根管充?材の溢出に対する透過像がレントゲン写真上確認できるはずであるが、このような所見は認められない。
・ 他方、被告医院における治療後のレントゲン写真においては、明らかに根管充填材が溢出し、それに伴う穿孔が形成されて存在している。なお、被告医院における根管治療前のレントゲン透過像の発生原因は、老化による骨吸収によるものであり、根管治療後のレントゲン透過像は、穿孔による急性症状を伴う病的なものである。
 さらに、根分枝部においては、慢性辺縁性歯周炎はほとんど観察できない状態であったにもかかわらず、被告医院における根管治療終了後、補綴処置に進み、金属コア(金属の芯を指し、少なくなった歯冠部歯質の補強を行う装置に用いる。)を装着したところ、骨透過像が急激かつ著明に増大している。この骨透過像は、根分枝部から近心根遠心側壁の穿孔が存在している部分にまで交通し、ここから根分枝部の穿孔が裏付けられる。事実、後日B歯科クリニックにおいて右下6番を抜歯した際、D医師は、抜歯前処置で金属コアを除去した時点において、穿孔が存在していたことを確認している。
・ 以上のとおり、右下6番の根管治療において、被告が誤って穿孔を生じさせたことは明らかであり、そのような場合、できるだけすみやかに修復処置を行うべきであるのに、何ら適切な処置を行わず、漫然と仮歯装着、ブリッジ装着に至ったのであるから、被告の過失は明らかである。

# 被告の主張
・ 抜歯された右下6番近心根に穿孔が存在することは認めるが、この穿孔は、以下に述べるとおり、被告の治療行為に起因するものとはいえない。
・ まず、抜歯された右下6番の近心根は、ちょうどピンク色の根管充填材が見える部分の表面が削れたような状態になっており、それが抜歯の際に器具によって削れたものである可能性及びそれにより根管充?材が表面に出たものにすぎない可能性が否定できない。
 また、上記穿孔が仮に上記抜歯以前から存在していたものであるとすると、その穿孔は、被告による治療以前に、つまり前医の治療によって生じたと考えられる。
 すなわち、被告が治療を開始した際、原告の右下6番は、前医により既に根の治療がされ、根管充填材が充填されている状態であった。これに対し、被告は、平成11年2月26日以降、上記の根管充填材をクロロフォルム(根管充填材のみを溶解する作用のある薬剤)によって少しずつとかし、溶けて接着剤のような粘性の液状になった根管充填材をリーマーに絡ませるようにして根管から除去していくという方法で根管の拡大治療を行った。
 右下6番遠心根については、上記のように根管充填材を除去していき、リーマーの挿入方向及び挿入した長さをレントゲン写真と照らし合わせることによってリーマーの先端が根尖部に到達したと判断し、また、根尖部から根管内に膿が出てきたことを確認することによって、根尖部が開通したと判断した。
 右下6番近心舌側根については、同年3月3日に、遠心根と同様に、リーマーの挿入方向と挿入した長さをレントゲン写真と照らし合わせることによってリーマーの先端が根尖部に到達したと判断し、また、根管内に膿が出てきたことを確認することによって、根尖部が開通したことを確認した。
 なお、右下6番近心頬側根については、前医による根管充?の形跡もなく、被告が根管の拡大を試みても途中で閉塞した状態となっていた。閉塞の原因は第二象牙質の添加(加齢等により根管内に象牙質が形成され、根管内が狭まる現象)と推測され、無理に開通を試みると穿孔等の危険があるため、拡大を途中で中止した。
 被告は、右下6番遠心根及び近心舌側根について、根尖部が開通したことを確認した後は、開通部分の穴を必要以上に広げることのないよう注意しながら、根管充填材を溶かして空洞となった根管を少しずつ時間をかけてリーマーによって拡大していった。これは前医によって根管充填材が充填されていた部分、すなわち、被告による治療前に既に空けられていた穴を根管と認め、そこを少しずつ拡大していったのであり、被告が新たに根管を穿孔したものではない。
・ 以上のように、右下6番の穿孔は、被告による治療以前に前医の治療によって生じたと考えるのが妥当である。
・ なお、前医の治療において右下6番に穿孔が生じていたとしても、レントゲン上は根尖の方向と前医により充?された根管充?材の方向とが一致しており、被告がレントゲンで穿孔を確認することは不可能であった。

# 争点2

# 原告の主張
・ 被告は、右下8番の神経を抜く必要がなかったにもかかわらず、これを抜いてしまったのであり、この点にも過失がある。
・ まず、被告は、平成11年8月26日、右下顎部へのブリッジ装着に当たり、右下8番の抜髄処置の必要性を原告に対して伝え、抜髄すべきかどうかを決めるよう原告に対して求めたが、素人である原告にこのような判断を求めること自体が不適切である。
 次に、従前、原告の右下6、7及び8番は、7番を欠損とし、6及び8番を歯台とする既存ブリッジが装着されていたところ、既存ブリッジには何ら問題がなく、まして右下8番においては、歯髄に達する虫歯もレントゲン写真上認められておらず、さらに、歯根を取り巻く歯根膜腔にも異常はなく、何年もの間既存ブリッジが装着されている状態にあったため、歯冠部の第二象牙質も形成されており、当該部分には何ら問題がなかったから、ブリッジの再作製においても、歯髄を除去する必要はなかった。
 さらに、右下8番に対する根管充?材は、近心根には全く充?されておらず、遠心根についても途中までしか充?されていない。
・ このように、被告は、必要のない神経除去を行ったばかりか、その神経除去後に行った根管治療も不十分なものであったのであり、この点にも過失がある。

# 被告の主張
 被告は、平成11年9月8日から同年10月8日まで、右下8番の根管治療を行った。右下8番は、神経の細菌感染はなかったが、新たに右下4ないし8番にブリッジを装着するに当たり、歯冠部を平行に揃えるために右下8番の歯冠部の歯質を削る必要が生じており、それを行うと歯表面が神経に近くなり、冷水痛等が生ずる危険が予想された。このような状態の下で、原告からの補綴的要求により、すなわちブリッジ装着後に冷水痛等が発生するのを防ぐために、根管治療を行ったものである。
 右下8番の遠心根は、根管内が狭窄しており、できる限り拡大したものの、器具の破損等の恐れもあり、敢えて最小限の拡大に留めたものである。近心根は、遠心根よりもさらなる狭窄が予想され、敢えて根管内の神経は治療せず、生活断髄法(歯冠部の神経の部分的な除去)を選択したのであり、右下8番の根管治療は成功している。

# 争点3

# 原告の主張
 レントゲン写真によれば、右下6番の根管治療開始前と根管治療後においては、近心根及び遠心根の根尖部病巣が明らかに拡大、連続しており、縮小ないし消失しているとは到底いえない。したがって、被告の主張するような骨の再生を認めることはできず、近心根周辺の病巣が回復しているとはいえないから、結局、被告の各過失によって、右下6番の歯に炎症の発生を招き、抜歯にまで至り、結果として後記(4)で主張するとおりの損害を与えたものである。

# 被告の主張
 原告は、右下6番を治療し、さらに右下4ないし8番にブリッジを装着した後も、カルテ上、痛みや腫れを訴えたことはなく、しかも、ブリッジを装着した次の治療日にはクリーニングを受けている。クリーニングは、刺激を伴う美容的処置であるため、口内に痛みや腫れがあるときは行わないのであるから、原告がクリーニングを受けたことは、原告の右下6番に痛みや腫れがなかったことの証左である。
 被告がブリッジ装着後の右下6番について変化を認めたのは平成13年6月29日のみである。このときは、右下6番歯茎部が暗赤色に軽度に変色しているのが認められた。これに対して、被告は、抗生剤を処方した。もっとも、このときのレントゲン写真では、右下6番部分の透過像に改善が認められていた。なお、カルテ上は、この日について「切開」との記載があるが、これは、このとき行った投薬について、保険の点数上「切開」と同じ扱いであるためにこのように記載したに過ぎず、実際に切開は行っていない。
 このように、原告右下6番の根管治療終了後は、同歯の根尖病巣及び根分岐部病変について骨の再生が進行しており、順調に改善していた。したがって、処置としては経過観察のみをすればよかったのであって、結局、仮に被告に上記各過失があったとしてもこれによる損害が生じたとはいえない。

# 争点4

# 原告の主張
 原告は、次に述べる損害のうち、654万1834円を請求するものである。
ア 治療費
(ア) 被告医院における医療費 12万2544円
 右下6番の治療が始まった平成11年2月分から、これが不完全ながらも終了した平成13年9月までの間の医療費を損害として請求する。証拠上記載のある請求点数の合計に1点当たり10円を乗じ、これに自費負担分である3割を更に乗じたものである。
(イ) 被告医院におけるブリッジ代金 63万7520円
 被告医院において作製したブリッジ代金は、結局、右下6番に対する不適切な治療によって使用に耐えないものとなったのであり、この代金相当額も損害である。
(ウ) Bクリニックにおける医療費等 1万2020円
(エ) E病院における医療費等 3770円
(オ) ハワイにおける医療費等 9万7790円
 原告は、ハワイのFデンタルクリニック及びGクリニックにおいて診察を受けたものであるが、当該診察にかかる費用も損害に含まれる。
(カ) 小計 87万3644円
イ 交通費
(ア) 被告医院への交通費 3万8800円
 被告医院への総通院日数97日に1日当たり往復400円のバス運賃を乗じたものである。
(イ) E病院への交通費 1440円
 バス及び地下鉄の往復運賃である。
(ウ) 小計 4万0240円
ウ 休業損害 57万7344円
 原告は月額基本給として50万円の給与支払いを受けていたところ、これを出勤日数24日として時間給に引き直すと1時間当たり2976円となる。他方、被告医院への通院に要した時間を1回当たり最低2時間とすると、1回の通院につき5952円の休業損害となる。そこで、これに総通院日数である97日を乗じて算出した。
エ 今後の治療費 160万6500円
 原告の口腔内における右下欠損部の治療法としては、可撤性局部床義歯(取外しのできるバネの付いた入れ歯)による方法、既存残存歯牙を支台として固定性のブリッジを装着する方法、インプラントを施し、固定性の人口の歯牙を補綴する方法が考えられるものの、咬合力及び審美力の回復の観点からは、インプラント治療が最も適切である。
 さらに、本件においては、右下6番のみならず、右下5、6及び7番の3歯にインプラントを施す必要がある。それは、仮に右下6番のみにインプラントを行い、これと残存する右下4、8番を支台としてブリッジを装着することを考えると、生理的動揺のないインプラント(通常、歯牙は咬むことにより生理的に動揺するが、インプラント本体は下顎骨に骨性癒着し、生理的動揺はしない。)と生理的動揺のある歯牙とを結合連結すれば、インプラント自体が破壊するおそれがある。したがって、既存の欠損部である右下5、7番にもインプラントを施す必要があり、これによらなければ原告において満足の得られる咀嚼効率や咬合力を回復することは不可能である。
オ 慰謝料 300万0000円
 原告は、本件治療のため、29か月にわたる通院を要しており、交通事故の例に照らすと、この通院慰謝料は207万円となる。しかし、被告は、長期にわたって本件過誤に気付かず、このために原告は他院において治療を受ける機会を失い、痛みのあるままの状態を強いられたのである。したがって、慰謝料は、この点を加味して定められるべきである。
カ 本訴提起の準備費用 6万6150円
 レントゲン写真のコピー費用等も損害として請求する。
キ 弁護士費用 63万8361円

# 被告の主張
 いずれも不知ないし争う。

# 裁判所の判断

第3 当裁判所の判断

1 事実関係
 前記前提となる事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、右下6番及び8番の治療経過に関し、次の事実が認められる。
(1) 右下6番の根管治療
ア 被告が治療を開始した際、原告の右下6番は、前医により既に根管の治療がされ、根管充?材が充?されている状態であった(争いのない事実、乙A12、被告本人)。
イ 被告は、平成11年2月19日以降毎月数回原告を来院させ、上記の根管充?材をクロロフォルムによって少しずつ溶かし、溶けて接着剤のような粘性の液状になった根管充?材を20番のリーマーに絡ませるようにして根管から除去していった(甲A31、乙A1、乙A12、乙A13、被告本人)。
 右下6番遠心根については、上記のように根管充?材を除去していったところ、根尖部から根管内に排膿があった(乙A1、乙A12、被告本人)。
 右下6番近心舌側根についても、被告は、同年3月3日、根管内に膿が出てきたことを確認した(乙A1、乙A12、被告本人)。
 右下6番近心頬側根については、前医による根管充?の形跡もなく、被告が根管の拡大を試みても途中で閉塞した状態となっていた。被告は、無理に開通を試みると穿孔等の危険があると判断し、根管の拡大を中止した(乙A1、乙A12、被告本人)。
ウ 被告は、右下6番遠心根及び近心舌側根について、根尖部が開通したことを確認した後、少しずつ時間をかけて、リーマーによって根管を拡大した(乙A1、乙A12、被告本人)。
エ 被告は、貼薬を経て、平成11年11月24日、右下6番について根管充?措置を行った(乙A1、甲A31、乙A12、被告本人)。
(2) 右下8番の抜髄及び根管治療
ア 被告は、原告の右下4ないし8番のブリッジを設置しようとしていたところ、支台となる4、6及び8番のうち、8番の歯の上部は他の歯より高い位置にあった(乙A1、乙A12、被告本人)。
 被告が原告に対して上記ブリッジを設置することを説明した当時、原告の右下5及び7番は、既に存在しなかった(乙A1、弁論の全趣旨)。
 被告は、平成11年9月8日、右下8番の歯冠部を除去し、虫歯及び古い接着剤を削り取った上、麻酔して抜髄した(乙A1〔28〕)。右下8番を治療する際、根管部が閉塞していた(乙A1、乙A12)。
イ 右下8番に対する根管治療のうち、近心根については歯冠部の神経を部分的に抜くにとどめて根管内の治療は行わず、遠心根については神経を抜いたものの、根管は無理に拡大すると危険があったため、リーマーが入る範囲で拡大し、その範囲で根管充?を行うにとどめた(乙A1、乙A12)。
(3) 右下6、8番の仮歯装着及びブリッジ装着
ア 被告は、右下4ないし8番のブリッジの作製に当たり、平成11年12月13日、右下4ないし8番について歯型を取り、同月21日、仮歯の装着及びクリーニングを行った(乙A1〔31〕)。
イ 被告は、右下6番について、平成12年1月12日から同年12月18日にかけて、かみ合わせの調整等を行い、平成13年2月7日、右下4ないし8番にブリッジを装着した(乙A1〔32ないし36〕)。
(4) 右下6番の経過
ア 右下6番自体のレントゲン写真上の所見
 右下6番のレントゲン写真上、平成8年5月1日ないし平成10年12月8日においては、近心根の中心部に根管充?剤を示す白色の部分が直線状に存在するが(甲A31ないしA35、乙A2ないしA5、A9)、平成11年2月23日においては、近心根の中心部が黒色に変わっており、同黒色部は直線状に存在する(甲A36、乙A9)。他方、平成11年11月24日ないし平成13年6月29日においては、近心根の中心部に再び根管充?材を示す白色の部分が写っているところ、この白色部分は、近心根のうち上下方向の中心付近から左側へ逸れ、遠心根側の側壁に到達している(甲A3、甲A37ないしA41、乙A6ないしA9、証人D)。
 他方、右下6番の髄床底付近においては、上記のような白色部分は見当たらない(甲A37ないしA41、証人D)。
イ 原告の右下6番に関する愁訴
 原告は、右下6番の治療開始から右下4ないし8番にブリッジを装着した後に至るまで、右下6番に断続的に痛みや腫れが生じたと陳述しているものの、それが右下6番の部分のみに生じたか否かは明確でないし、自覚症状の全てを被告に伝えたか否かも明らかでない(甲A30、原告本人)。
ウ 右下6番の再診断及び抜歯
(ア) 原告は、平成13年10月12日、友人の紹介により、D医師に右下6番についての診察を受けた(甲A13)。D医師は、平成14年1月21日、E病院に対して紹介状をしたため、右下6番に関し、慢性歯槽膿瘍、根分岐部髄床底への穿孔の疑い及び近心根遠心壁への穿孔の疑いがあるとの情報を提供した上で診断書の発行を求めた(甲A19〔5〕、甲A21〔009〕)。これに対し、E病院は右下6番についてデンタルレントゲンを撮影し(甲A21〔006〕)、同病院のH医師は、平成14年1月29日、病名が右下6番の根分岐部病変であることを、附記として「上記病名の原因として歯根(近心根)の破折が疑われます」との旨をそれぞれ記した診断書を発行した(甲A10、甲A21〔007〕)。
(イ) D医師は、平成14年10月1日、原告の右下6番を抜歯した(甲A19〔8〕、証人D)。
(5) 右下8番の経過
 右下8番については、レントゲン写真上透過像が認められず(甲A2、証人D)、原告もこの歯を特定しての痛み等は特に訴えていない(弁論の全趣旨)。

2 医学的知見関係
 証拠及び弁論の全趣旨によれば、右下8番の治療に関し、次の医学的知見が認められる。
(1) 狭窄根管については、断髄(抜髄)の適応がある。また、保存に適さないと考えられる健康歯髄にも、断髄(抜髄)の適応がある(乙B4)。
(2)ア ブリッジを設置するに当たっては、支えとなるべき歯が必要であり、かつ、ブリッジを設置すると支えとなるべき歯には噛み合わせによる圧力がブリッジ設置前に比べて大きくかかるので、その圧力に耐えられる歯であることが必要である(乙A12、被告本人)。
イ ブリッジの設置に当たっては、支台となるべき歯の高さを平行にする必要があり、平行にするためには歯の表面を削る必要がある(乙A12、被告本人)。
ウ 歯を削ると、中の神経に反応しやすくなり冷水痛等が発生することから、神経が正常であってもこれらの症状の発生を避けるために断髄(抜髄)を行うのが一般的である(乙A12、B1、B2、証人I、被告本人)。

3 争点(1)(右下6番の根管治療において、近心根管側壁と髄床底に対し、誤って穿孔し、かつこれに対する処置を怠った過失の有無)について
(1) 近心根に対する穿孔の有無に関する判断
ア 上記1(1)において認定したとおり、被告はリーマーを用いて右下6番近心根を拡大治療していたのであるが、上記1(4)アにおいて認定したとおり、根管の拡大を経て根管充?材の充?が終了した後には、レントゲン写真上、根管充?材の充?終了前には存在しなかった近心根の中心部に根管充?材を示す白色の線が存在するところ、その線が近心根の遠心壁へ到達していることは明らかである。このことと、前記第2の1(3)カのとおり、抜歯後の右下6番の近心根の根管側壁のうち上下方向の中心部分に穿孔があることが明らかであることを併せ考えれば、この穿孔は、前医による根管治療時ではなく、被告による根管治療時に生じたものではないかとの疑いが生ずるところである。
イ これに対して、被告は、次の諸点を指摘して穿孔の事実を否定している。
(ア) まず、被告は、右下6番の抜歯時に器具によって近心根表面が削られ、その結果として根管充?材が表面に出たものにすぎない可能性があると主張するが、抜歯器具が当該部分に触れる可能性がどの程度のものかなど、この主張を裏付ける証拠は何ら存在しないから、可能性の指摘にとどまるものにすぎず、被告のこの主張は採用できない。
(イ) 次に、被告は、右下6番近心根に存在する穿孔は、前医による根管治療時に発生したものであると主張し、その根拠として、前医によって充?された根管充?材を除去しただけで排膿があったし、上記根管充?材の除去に当たっては20番という細いリーマーを用いたから、そもそも根管を拡大してもいないことを挙げる。
 しかしながら、20番という細いリーマーであるからといって、穿孔の可能性が全くないわけではないものであるところ(証人D)、穿孔によって根管外から根管内への排膿が生じたと考えることも十分可能なのであって、このことと上記1(4)アにおいて判示したとおりのレントゲン写真上の比較結果とを併せ考えれば、上記穿孔が被告の治療後に生じたものであることは明らかである。
(ウ) さらに、被告は、穿孔を生じて直ちにレントゲン透過像が生じることがないこと(証人D〔11(第3回口頭弁論分)〕)を前提に、平成11年2月23日のレントゲン写真(甲A36、乙A9)に存在する透過像が穿孔により生じたものであるとすれば、乙A第1号証に照らし、穿孔が2月19日の治療時に生じたものということになるが、2月19日には穿孔をうかがわせる出血も排膿もなかったのであるから、結局被告による穿孔はないと主張する。
 しかしながら、2月19日に排膿等がなかったことを裏付けるに足りる客観的証拠はないことと上記1(4)ウ(ア)において認定した事実とを併せ考えれば、被告の上記主張をたやすく採用することは困難である。
(2) 髄床底に対する穿孔の有無に関する判断
ア 上記1(4)アにおいて認定したとおり、髄床底付近に関しては、穿孔を疑わせる徴候がレントゲン写真上見受けられないのに加え、上記1(4)ウ(ア)において認定したとおり、H医師は、D医師から髄床底の穿孔の疑いがあるとの情報を提供されていながら、独自にデンタルレントゲンを撮影した上で、髄床底の穿孔の事実を診断書に記さなかったのである。また、J医師、I医師及び被告本人は、証拠上、髄床底に対する穿孔を確認することができない旨一致して述べているところである(乙A12、B1、B2、証人I、被告本人)。他方、このほかに、髄床底の穿孔を疑わせる証拠は存在しない。以上からすると、証拠上、右下6番の髄床底に対して被告が穿孔したとの事実を認めることができない。
イ これに対して、D医師は右下6番の髄床底に対して被告が穿孔したとの供述をしているが、この供述に沿うレントゲン写真上の所見等の客観的な証拠は見当たらず、採用することはできない。
(3) 小括
 以上によれば、被告が右下6番の根管治療の際、その髄床底に穿孔させた事実は認められないものの、近心根の遠心壁に穿孔した疑いは容易に払拭できないところである。
 もっとも、仮に右下6番近心根に穿孔が生じたとしても、前記1(4)イのとおり、そのこと自体によって原告に新たな痛み等の症状が発生したとは認められないのであるから、この穿孔によって右下6番の状態が悪化して抜歯せざるを得なくなったことが認められない場合には、当該過失による損害の発生がないこととなるばかりか、穿孔に対する適切な処置を怠った過失もないといわざるを得ない。そこで、被告が右下6番近心根を誤って穿孔させたか否かの判断はひとまず留保し、後記5において、上記の穿孔により損害が発生したか否かについて判断することとする。

4 争点(2)(右下8番の根管治療において、必要のない神経を除去し、また、不完全な根管治療を行った過失の有無)について
(1) 前記1の事実等に対する評価
ア 上記1(2)及び2(2)アで認定したとおり、右下4ないし8番にブリッジを設置するに当たっては右下8番を支台とする必要があったし、右下8番の根管は閉塞状態であったところ、上記2(1)のとおり、狭窄根管の場合や保存に適さないと考えられる場合は断髄の適応があり、上記1(2)ア及び2(2)イのとおり、右下8番について歯の表面を削ることは不可避であるが、上記2(2)ウのとおり、歯の表面を削る以上、それによる冷水痛等の不都合を避けるために断髄することは一般的な処置であると認められる。
イ 上記アで判示したところに加え、上記1(5)で認定したとおり右下8番に特段の症状が生じていないことからすると、右下8番については、必要な治療をした結果、特段の不都合もなく経過しているというべきであるから、治療が不完全であるとは言えない。
ウ したがって、被告には、右下8番の根管治療において、必要のない神経を除去し、また、不完全な根管治療を行った過失を認めることはできない。
(2) 原告の主張に対する判断
ア これに対し、原告は、まず、被告が右下顎部へのブリッジ装着に当たり、右下8番の抜髄措置の必要性を訴え、抜髄するかどうかの判断を原告に求めているところ、このこと自体が不適切だと主張する。しかし、医師はいわゆる説明義務を果たすことが求められているところ、抜髄措置の必要性を訴え、その判断を求めることは、患者である原告に対する配慮であるといえるから、原告のこの主張は採用できない。
イ 次に、原告は、右下8番には虫歯等がレントゲン写真上認められておらず、何ら問題がなかったから、ブリッジの再作製及び装着に当たり、歯髄を除去する必要はなかったと主張する。
 しかしながら、上記2(2)アにおいて認定したとおり、ブリッジの設置に当たっては支台となるべき歯の調整が必要であるところ、上記第2の1(2)のとおり既存のブリッジが右下6ないし8番にわたるものであったのに対して、再作製されるブリッジは右下4ないし8番にわたるものであって、その形自体が異なるから、改めて支台となる歯の調整が必要であることは明らかである。また、この調整にあたって歯を削ることはやむを得ないことであって、そのために歯の表面と神経との距離が狭まり、冷水痛等の不都合が生じるおそれが高まることもまた明らかである。そうだとすれば、被告は、このようなおそれを回避するために、いわば良心的に右下8番の抜髄措置を講じたものであると認めることができる。したがって、右下8番に虫歯等が認められず、または何らかの病変がなかったとしても、なお抜髄の必要性が認められるから、原告のこの主張も採用できない。
(3) 小括
 以上のとおり、右下8番の抜髄及び根管治療は、必要かつ十分な治療であったと認められるから、被告に、右下8番の根管治療において、必要のない神経を除去し、また、不完全な根管治療を行った過失は認められない。

5 争点(3)(各過失による損害の発生の有無)について
(1) 右下6番付近のレントゲン写真上の所見
 右下6番の近心根周辺及び近心根と遠心根との間付近のレントゲン写真上の所見は、右下6番の根管治療前後を通じて次のように変化していることが認められる(甲A31ないしA41、乙A2ないし9)。
 すなわち、根管治療開始前から近心根根尖部と根分岐部の2か所に病変を表す骨吸収像が認められたところ、このうち近心根根尖部の病変が徐々に上方に広がり、根管治療開始前には両者が連続した病変となっていた。この状態は、根管治療中から新たなブリッジ装着のころまでそれほど変化がなかったが、ブリッジ装着後には骨吸収像が薄くなり始め、近心根に近接した部分は、より遠い部分とは明らかに異なった不透過像に近い所見を示すようになった。
(2) 上記事実等に対する評価
ア 上記(1)のレントゲン写真上の所見につき、被告のほか、J医師及びI医師は、一致して、右下6番近心根において被告による根管治療後に骨の再生が開始、進行していることを示していると述べている(乙A12、B1、B2、証人I、証人J、被告本人)。また、上記1(4)イにおいて認定したとおり、原告は、右下6番の根管治療開始後、それまでと異なった痛みや腫れを特段訴えていないのである。そうであれば、仮に被告が誤って右下6番近心根の遠心壁に穿孔していたとしても、結果として右下6番近心根は回復傾向にあった可能性がうかがわれるところである。
イ 原告は、右下6番近心根の状態は悪化しており、したがって抜歯をしたものであると主張し、D医師は、平成13年6月29日の時点(乙A8)の方が平成12年4月20日の時点(乙A6)に比して透過像の拡大が見られるので、症状は悪化していると供述する。しかし、現にこれらのレントゲン写真を対比しても、透過像の拡大を見いだすことは困難であるから、上記証言はにわかに信用することができず、この供述を以て上記アで指摘したとおり右下6番が回復傾向にあった可能性を否定することは困難であるし、他に右下6番について被告が行わなかった処置をすべきであったことや抜歯せざるを得ない状態にあったことを認めるに足りる証拠はない(なお、原告は、本件弁論準備手続期日において、鑑定の申立をしないと明言している。)。
 したがって、仮に被告に過失があったとしても、それによる損害の発生を認定する証拠はないものといわざるを得ない。
(3) 小括
 以上によれば、被告の穿孔行為により損害が発生したと認めることはできない。

6 結論
 以上のとおり、被告には争点(2)の過失はなく、争点(1)の過失については、一部につきその有無が明らかでないものの、それによる損害の発生を認めることができないのであるから、争点(4)(損害額)については判断するまでもなく、被告に損害賠償責任が発生しないことは明らかである。
 したがって、原告の請求には理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

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