保険医登録取消処分の取り消し訴訟
Top 最終更新日 2019/07/31

■ 青森地方裁判所 平成18年1月24日判決

# 判決: 棄却
・  健康保険法に基づく保険医登録取消処分が処分権者の裁量を逸脱してなされたものではなく、違法とはいえないとされた事例。

#  主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

#  事実及び理由
第1 請求
  被告が平成15年12月16日付け青社局文発●●●●号をもって通知した、原告らに対する保険医の登録(原告Aは昭和●●年●●月●●日付け登録、原告Bは昭和●●年●●月●●日付け登録)の平成15年12月16日付け各取消処分(取消年月日はいずれも平成15年12月27日)は、これを取り消す。

第2 事案の概要
 1 本件は、被告が、健康保険法81条3号の規定に基づいて平成15年12月16日にした原告らに対する各保険医登録取消処分について、原告らが、当該処分は処分者の裁量権の範囲を逸脱してされたものであって違法であるなどと主張して、上記各処分の取消しを求めたという事案である。
   その主たる争点は、―菠の理由とされた原告らの行為が処分要件に該当するかどうか、該当するとして被告に裁量権の逸脱があるかどうかである。

2 前提事実
以下の事実は、括弧内に記載した証拠により認めることができるか、又は当事者間に争いがない。

(1) 当事者
ア 原告らは、いずれも医療法人Cの理事長D医師に非常勤医師として雇用され、週2回、D医師の定めた施設において診療に従事していた者である。
イ 被告は、厚生労働大臣から、保険医の登録の取消処分について、権限の委任を受けた者である(健康保険法81条、同法施行令63条11号)。

(2) 保険医の責務及び登録の取消等に関する法令の規定
ア 健康保険法の規定
 (ア) 保険医療機関において診療に従事する保険医は、厚生労働省令で定めるところにより、健康保険の診療に当たらなければならない(健康保険法72条1項)。
 上記厚生労働省令として、「保険医療機関及び保険医療養担当規則」(乙1。以下「療担規則」という。)があり、保険医の責務として、以下のような定めがされている。
a 保険医は、診療に当たっては、懇切丁寧を旨とし、療養上必要な事項は理解し易いように指導しなければならない(療担規則13条)。
b 保険医は、診療に当たっては、健康保険事業の健全な運営を損なう行為を行うことのないよう努めなければならない(療担規則19条の2)。
c 往診は、診療上必要があると認められる場合に行う(療担規則20条1号ハ)。
d 保険医は、その行った診療に関する情報の提供等について、保険医療機関が行う療養の給付に関する費用の請求が適正なものとなるよう努めなければならない(療担規則23条の2)。
(イ) 保険医が、上記健康保険法72条1項の規定に違反したときは、厚生労働大臣は、当該保険医に係る保険医の登録を取り消すことができるとされている(健康保険法81条1号)。
イ 老人保健法の規定
(ア) 保険医は、老人保健法30条1項の医療の取扱い及び担当に関する基準に従い、医療を取り扱い、又は担当しなければならない(老人保健法26条)。
上記医療の取扱い及び担当に関する基準並びに医療に関する費用の額の算定に関する基準については、厚生労働大臣が中央社会保険医療協議会の意見を聴いて定めるものとされているところ(老人保健法30条1項)、その定めとして、厚生労働省告示「老人保健法の規定による医療並びに入院時食事療養費及び特定療養費に係る療養の取扱い及び担当に関する基準」(乙3。以下「老担基準」という。)がある。
  老担基準では、保険医の責務として、以下のような定めがされている。
a 保険医の診療は、老人の心身の特性に照らし、一般に医師又は歯科医師として診療の必要があると認められる疾病又は負傷に対して、的確な診断をもととし、患者の健康の保持増進上妥当適切に行われなければならない。この場合において、特に次に掲げる事項に配意しなければならない(老担基準12条)。
(a) 主として老人慢性疾患の患者を入院させる保険医療機関等その他の保険医療機関等が取り扱う長期入院患者に対する診療は、漫然かつ画一的なものとならないこと。
(b) 保険医は、老人の生活の質の確保に資する見地から、患者の家庭における療養生活を支援するため、必要な診療及び日常生活上の指導を妥当適切に行うよう努めること。
b 保険医は、診療に当たっては、老人保健事業の健全な運営を損なう行為を行うことのないよう努めなければならない(老担基準19条の2)。
c 往診は、診療上必要があると認められる場合に行う。この場合において、施設入所者に対する往診は、当該介護老人保健施設の医師との連携に配意して行い、みだりにこれを行ってはならない(老担基準20条1号ハ)。
d 保険医は、その行った診療に関する情報の提供等について、保険医療機関等が行う医療及び特定療養費に関する療養に要する費用の請求が適正なものとなるよう努めなければならない(老担基準23条の2)。
(イ) 老人保健法による診療に関し、健康保険法72条1項に相当する事由があったときは、厚生労働大臣は、当該保険医に係る保険医の登録を取り消すことができるとされている(健康保険法81条3号)。

(3) 本件取消処分に至る経緯等
ア 青森社会保険事務局は、青森県健康福祉部高齢福祉保険課から、Cの開設する医療施設であるE診療所において、架空診療に基づく診療報酬の請求がされているなどの情報提供を受けたため、平成15年1月9日から同年9月5日までの間、延べ9日間にわたり、健康保険法78条の規定に基づきE診療所に対する監査を実施した。
  上記監査の結果、E診療所においては、在宅患者訪問診療料、在宅患者訪問看護・指導料等の不正請求が累行されていたことが判明したほか、同所に非常勤で勤務していた原告らが、…民_椎修任△覺擬圓紡个桂問診療を行っていたこと、⊃欧燭り状態又は準寝たきり状態に該当しない患者に対し訪問診療を行っていたこと、J欷碓緡典ヾ悗両貊蠅任△襪否かを確認しないまま、E診療所に隣接する老人アパートFの仮眠室で定期的に診療を行ったこと、ぜら行った診療について診療録と診療報酬明細書との突合・確認を行っていないことの4点の不正・不当事項が確認された(乙8及び弁論の全趣旨)。
イ ところで、健康保険法78条規定に基づく監査は、「平成12年5月31日付け保発第105号厚生省保険局長通知『保険医療機関等及び保険医等の指導及び監査について』」別添2「監査要綱」に基づいて実施されているところ、「監査要綱」によれば、健康保険法81条の規定に基づく保険医等の登録の取消処分は、保険医等が、
 仝琉佞防埓桔瑤鷲堙な診療を行ったもの
◆仝琉佞防埓桔瑤鷲堙な診療報酬の請求を行ったもの
 重大な過失により、不正又は不当な診療をしばしば行ったもの
ぁ―殿腓焚畆困砲茲蝓不正又は不当な診療報酬の請求をしばしば行ったもの
のいずれかに該当するときに行われることとされている。
ウ 上記監査結果を受けて、青森社会保険事務局は、原告らが上記の「重大な過失により、不正又は不当な診療をしばしば行ったもの」に該当し、原告らの保険医登録の取消しが相当であると判断した。
  そして、青森社会保険事務局は、「監査要綱」の規定にしたがい、厚生労働省保険局長の内議を経た後、平成15年12月9日に原告Bの聴聞を、同月11日には原告Aの聴聞を、それぞれ実施した上で、同月16日、健康保険法82条2項に基づき青森地方社会保険医療協議会を開催し、原告らに対する上記処分について諮問したところ(乙8)、諮問のとおり了承する旨の答申がされた。
  そこで、被告は、同日、原告らの保険医の登録の各取消処分を行い(以下「本件各取消処分」という。)、原告らに対して処分結果を各通知した。
(4) 本件処分理由
原告らの処分理由は、以下のとおりである(甲1、2及び弁論の全趣旨)。
ア 非常勤で勤務日に割り当てられた施設入居者の診察をするよう管理者であるD医師から指示され、原告Aにおいては通院可能である患者3名に対して、原告Bにおいては通院可能である患者5名に対して、それぞれ訪問診療を行っていた。
  上記については、診療上必要がないのに訪問診療を行い、在宅患者訪問診療料(1日につき830点)を請求する原因となったものであって、妥当適切な診療を行わず、健康保険事業の健全な運営を損なうことを行ったのであるから、健康保険法72条1項及び国民健康保険法40条1項に基づく療担規則12条、19条の2、20条1号ハ、老人保健法26条に基づく老担基準12条、19条の2、20条1号ハに違反するものである。
イ 非常勤で勤務日に割り当てられた施設入居者の診察をするよう管理者であるD医師から指示され、原告Aにおいては寝たきり状態又は準寝たきり状態に該当しない患者1名に対して、原告Bにおいては寝たきり状態又は準寝たきり状態に該当しない患者3名に対して、それぞれ訪問診療を行っていた。
 上記については、寝たきり状態又は準寝たきり状態に該当しないのに訪問診療を行い、寝たきり老人在宅総合診療料(院外処方せんを交付する場合2290点、院外処方せんを交付しない場合2575点)を請求する原因となったものであり、老人の心身の特性に照らし、妥当適切な診療を行わず、老人保健事業の健全な運営を損なうことを行ったものであるから、老担基準12条、19条の2、20条1号ハに違反するものである。
ウ 保険医療機関の場所であるか否かを確認しないまま、E診療所と同一敷地内に所在するFの仮眠室において、原告Aにおいては患者10名に対して、原告Bにおいては患者8名に対して、それぞれ定期的に診療を行っていた。
 上記については、本来療養の給付は保険医療機関で行わなければならないのに(健康保険法63条3項1号)、これを確認しないまま、保険医療機関ではないFの仮眠室で診療を行っていたものであって、老人保健事業の健全な運営を損なうことを行ったものであるから、療担規則19条の2、老担基準19条の2に違反するものである。
エ 原告らは、いずれも自ら行った診療について、診療録と診療報酬明細書との突合・確認を行っていない。
 上記については、保険医でありながら自ら行った診療について診療録と診療報酬明細書との突合・確認を行っていなかったものであって、保険療養機関が行う療養の給付に関する費用の請求が適正なものにならなかったのであるから、療担規則23条の2、老担基準23条の2に違反するものである。

3 原告らの主張
(1) 本件各取消処分において処分理由とされた原告らの行為は、以下のとおり健康保険法等の規定に違反せず、処分要件に該当しない。
ア 前記処分理由ア及びイの違反事実(通院可能である患者や寝たきり・準寝たきり状態にない患者に対して、不必要な訪問診療をしているという事実)について、原告らは、本件各取消処分において問題とされた各患者が、通院可能である患者か否か、寝たきり状態又は準寝たきり状態に該当する患者か否かについて、十分な資料を与えられていなかった。すなわち、原告らは、各患者を回診する際に、その都度看護師を通じてD医師が定めた独自の様式の診療録を渡されて診察に当たるが、同診療録には外来診療か訪問診療かの区別や、障害老人・痴呆性老人についての要介護度・日常生活自立度等についての記載がなく、そもそもそのような記入をする欄すらなかった。
 このため、原告らは上記違反事実についての故意や認識がなかった。
イ 前記処分理由ウの違反事実(保険医療機関の場所であるか否かを確認しないまま診療を行っていたという事実)について
Fは、少なくとも平成13年7月ころに、畳敷きの段差のある床がフローリング床となり車椅子の通行可能なスロープが設置され、事務机・患者用椅子や医師用ロッカー3名分が用意されるなど、改築改装がされており、また、もともとFの建物は保険医療機関であるE診療所の建物と廊下で結ばれており一体性の強い構造であった。
 このため、原告らは、自分らが診療を行っていた部屋は医師による診療のための部屋であると完全に認識していた。
ウ 前記処分理由エの違反事実(診療録と診療報酬明細書との突合・確認を行っていなかったとの事実)について
 診療録と診療報酬明細書との突合・確認が翌月初めの数日内に行わなければならず、非常勤で勤務日も異にする原告ら及びD医師の3名でこれを行うのは実際上極めて困難である。また、何人もの医師が勤務している医療機関において、各勤務医自身が自己の行った診療につき全て診療録と診療報酬明細書との突合・確認を厳密に励行させることは、現実には極めて困難なことであり、管理者の責任において行われているのが常態である。
  療担規則23条の2、老担基準23条の2は「保険医は、その行った診療に関する情報の提供等について、保険医療機関が行う療養の給付に関する費用の請求が適正なものとなるよう努めなければならない」とするが、そこから一義的・一律に、自らが行った診療について診療録と診療報酬明細書とを全て突合・確認すべき義務が導かれるものと解するべきではない。まして、本件においては、原告らが日常的に記載していた診療録には料金カードに該当する部分がなく、また、D医師からは「それは事務局で書くから」と言われて原告らの関与が遮断されていたものであって、原告らには診療録との診療報酬明細書の突合・確認を励行することについては事実上期待可能性を欠く。
(2) 仮に、原告らの行為が処分要件に該当するとしても、原告らの置かれていた状況に照らせば、違反事実について原告らに重大な過失があるとはいえず、違反が「しばしば」ともいえない。
  また、上記事情に加えて以下の諸事情に照らせば、本件各取消処分は被告の裁量の範囲を逸脱してされたものであり、違法である。
ア 原告らは、D医師に雇用された非常勤の医師で、その身分は不安定であり、D医師の指示に従わざるを得ない立場にあった。
イ 原告らは、D医師が法令面も含め保険医業務に精通しているものと信頼しており、そのように信頼していたことについて無理からぬものがあった。
ウ 原告らは、D医師から料金カードを示されておらず、点数や料金を記載することから遮断されていたから、診療録と診療報酬明細書との突合、確認をすることは実際にはなし得ないことであった。
エ 不正行為はD医師の独断でされたものであって、勤務実態に照らせば、原告らはいわばD医師の道具として利用されたものであって、D医師の不正行為に能動的・積極的に協力・加担したものではない。
オ D医師が独断で行った不正請求による利益は、D医師及び法人が得ていたものであり、D医師と同等の重い処分を原告らに課することは均衡を欠く。
カ D医師の関係する他の施設においては、原告ら以外にも5名の医師がD医師に雇用され、その指示に基づいてそれぞれの施設の診療、診察を担当していた。しかるに、それらの医師については何ら問題とされず、原告らのみがたまたまFの担当を命ぜられたために処分を受けたという結果になっていることは、不当・不公平である。
キ 原告らは、これまで医師として誠実に職務を尽くし、社会に貢献してきたものであり、その経歴においても何ら責められる要素はない善良な医師である。しかも、保険医の登録を取り消されることは、医師として生計を得る道が断たれることを意味し、原告らの生活に重大な影響を与える。
 また、原告Bの場合、本件取消処分の影響により既に老健施設幸陽荘の施設長の地位を追われており、二重の苦痛を受けている。
4 被告の主張
  (1) 前記処分理由アないしウ(不必要な訪問診療、保険医療機関の場所以外での診療)に関して、故意や認識がなかったとする点については、故意による診療であるとの前提で処分を行ったわけではないのであるから、そもそも主張自体失当である。
  前記処分理由エ(診療録と診療報酬明細との突合・確認の懈怠)について、原告らは、診療録と診療報酬明細書との突合・確認が月初めの数日内に行わなければならず、非常勤で勤務日も異にする原告ら及びD医師の3名でこれを行うのは実際上極めて困難であるとか、医師が複数いる医療機関では管理者が責任をもって行っているのが常態であるなどと主張するが、前者に関しては、そもそも診療録と診療報酬明細書との突合・確認を行わないことを前提に勤務日などを決めているために生じる支障にすぎず、後者に関しては、仮に原告らの主張するような状況があったとしても、これにより、保険医における法令上の診療録と診療報酬明細書との突合・確認義務がいささかも減ずるものでないこと明らかである。
(2) 裁量逸脱の点
ア 原告らは、E診療所と同一敷地内にあるFについて、E診療所の建物と廊下で結ばれており一体性の強い構造であって、原告らが診療行為を行っていた場所が保険医療機関の場所ではないことに気付かなかったことに重大な過失があったとはいえない旨主張するが、E診療所の建物とFを通路でつなぐことは建築基準法27条2項に違反することから認められておらず、実際、E診療所とFの間に設置された通路部分は、骨組みと公道側の1面にのみ不審者進入防止用ガラスが張られているだけのものであり、建物としての一体性がないことは明らかであり、原告らに重大な過失が認められる。
イ 非常勤として勤務し、老後の収入を得るためには、D医師のやり方に異を唱えられなかったと主張する点や、法令面についてはD医師を信頼していたと主張する点、更には原告らは診療録と診療報酬明細書との突合・確認をしておらず、診療報酬請求からは遮断されていたと主張する点については、仮にかかる実態があったとしても、健康保険法等の法令により保険医としての原告らに課せられていた法的義務が軽減・免除されるものでないことは明らかである。
       また、原告らは、D医師に雇用されていた他の医師も原告らと同様な診療行為を行っていたとみられるにもかかわらず、原告らのみ処分を受けるのは均衡を欠き、正義公平の観念にもとる旨主張する。しかし、不正な請求がされた疑いがある診療報酬明細書から抽出した患者の入居するF、G、H、I、J、Kについて患者調査を実施したところ、F以外の施設からは通院可能である患者や寝たきり又は準寝たきり状態に該当しない患者に対する訪問診療の事実を確認できなかったのであり、そもそも原告らの主張は前提事実が誤っており、失当である。

第3 当裁判所の判断

1 裁判所が認定した事実
 前記前提事実のほか、証拠(甲1から3まで、5、7、8、10の1から4まで、11の1及び2、乙1から9まで、D証言、原告B供述)及び弁論の全趣旨により認めることのできる事実を加えると、本件の事実経過は、以下のとおりである。
(1) 原告らが行っていた診療の状況等(甲7、8、D証言、原告B供述)
ア 平成13年3月ころ、原告A及び原告Bは、それぞれ、D医師から、Cが開設した施設において勤務することを誘われ、同年4月ころから週2回(原告Aは毎週月曜日と木曜日、原告Bは毎週火曜日と金曜日)、非常勤の医師として、Cの施設に勤務するようになった。
Cは、診療所のほか、入居施設としてグループホーム、精神障害者福祉ホーム等の施設を開設しており、原告らは、D医師の割当てに従い、上記施設のうちのいずれかの施設において診察を行っていたが、平成13年8月末ころからは、そのころ開業したFにおいても診察を行うようになった。
イ 原告らは指示された施設に出勤すると、あらかじめD医師が指定してあった入居者の部屋を回って診察を行っており(処分理由ア及びイの往診)、Fにおいては、一階に設けられていた仮眠室においても診療を行っていた(処分理由ウの保険医療機関以外での診療)。
  なお、FとE診療所は隣接しており、出入口の1か所が廊下の様なもので結ばれてはいたが(甲10の1から4まで)、建物としては別個の建物であった。また、Fの一階にある仮眠室は、腰痛等により入居者の部屋を回って診察を行うことに困難を来していた原告Bの要請により、同所で診察に当たることができるよう、床にフローリング型のカーペットを敷いて車椅子の通行を可能にされ、事務机、患者用椅子、医師用のロッカーが設置されていたにすぎないものであった(甲11の1、2、D証言13頁)。
ウ 原告らが診察に行うに当たっては、診療録の一部としてD医師の作成したA4判の定型用紙(甲3)が用意されており、原告らはD医師から診療時の業務及び診察時の所見を上記定型用紙に記入するように指示されていた。
  上記定型用紙には、‖硫后¬拍、血圧、食欲、睡眠等、¬篆如∋訖任侶覯無擇啼馗亜▲灰潺絅縫院璽轡腑鵝痴呆の状態、6刺瑤猟安膿如⊃寛仕、ぞ嘆輯匹亡悗垢詈愴襦下痢の有無、腹部の触診、尿や便の失禁の有無、ド要な処方、所見、Φ澣淹の協力病院への連絡、診療情報提供及び紹介状の用意、といった情報の記入が予定されていたが、再来診療か訪問診療かの別、障害老人や痴呆性老人の日常生活の自立度、身体障害者の等級別、要介護者の介護度といった情報については、「Comment:」と記載された空欄が設けられている以外に特に記入欄は設けられていなかった(甲3、D証言9頁以下)。
  また、用意されていた診療録には、料金カード(患者の初診料金、再診料金、外来診療、訪問診療、各内服薬、注射、処置諸検査等の料金〔点数〕を記入する一覧表)の貼付がされていなかった。
エ 原告らは、施設において患者の診察を終えると、事務室に戻って上記定型用紙ないし診療録にその日に行った診療結果を記載して帰宅していたが、これと診療報酬明細書との突合・確認については、D医師がこれを行っているものと考え、自らはこれを行っていなかった。
(2) Cが開設していた他の施設の状況等
  本件当時、Cには原告らを含め10名前後の非常勤の医師が勤務しており、F以外にCが開設していた入居施設であるグループホーム及び精神障害者福祉ホーム等において、原告らと同様の態様により、入所している患者の診療に当たっていた(D証言5頁以下、弁論の全趣旨)。
  なお、Fは高齢者優良賃貸住宅の性格を有しており、Cが設置している施設の中に同じ性格の施設はない(D証言27頁)。
(3) 本件各取消処分
ア 前記前提事実のとおり、青森社会保険事務局は、E診療所に対する監査を行ったところ、原告らについて以下の事実が判明した。
(ア) 非常勤で勤務日に割り当てられた施設入居者の診察をするよう管理者であるD医師から指示され、原告Aにおいては通院可能である患者3名に対して、原告Bにおいては通院可能である患者5名に対して、それぞれ訪問診療を行っていた。
(イ) 非常勤で勤務日に割り当てられた施設入居者の診察をするよう管理者であるD医師から指示され、原告Aにおいては寝たきり状態又は準寝たきり状態に該当しない患者1名に対して、原告Bにおいては寝たきり状態又は準寝たきり状態に該当しない患者3名に対して、それぞれ訪問診療を行っていた。
(ウ) 保険医療機関の場所であるか否かを確認しないまま、E診療所と同一敷地内に所在するFの仮眠室において、原告Aにおいては患者10名に対して、原告Bにおいては患者8名に対して、それぞれ定期的に診療を行っていた。
(エ) 原告らは、いずれも自ら行った診療について、診療録と診療報酬明細書との突合・確認を行っていなかった。
イ そこで、被告は、「監査要綱」の規定により、原告らが「重大な過失により不正又は不当な診療をしばしば行ったもの」と判断し、健康保険法81条の3の規定に基づき本件各取消処分を行った。
  その処分理由は、前提事実記載のとおりである。
2 原告らの行為が処分要件に該当するかについて
  上記認定事実によれば、原告らの行った行為は、老担基準12条、19条の2、20条1号ハ、23条の2の各規定に違反し、老人保健法26条の規定に違反しているものと認められ、これは、健康保険法72条1項違反に相当する事由であるということができる。
  これに対して、原告らは、前記処分理由アないしウ(不必要な訪問診療及び保険医療機関の場所以外での診療)に関し、そのような違反行為を行っているとの故意や認識を有していなかった旨主張する。しかし、法文の規定上、上記各違反事由への該当性を肯定するためには、違反の故意や認識の存在を必要としないと解されるから、原告らの上記主張は採用することができない。
  また、原告らは、処分理由エ(診療録と診療報酬明細書との突合・確認の懈怠)に関し、期待可能性がなかった旨主張する。しかし、原告ら主張の事情をもって期待可能性がなかったと認めることができない上、そもそも上記違反事由への該当性を肯定するためには期待可能性の存在を必要としないと解されるから、原告らの上記主張は採用することができない。

3 本件処分が被告の裁量を逸脱したか否かについて
(1) 前記のとおり、被告は、前記各違反行為について、原告らが「重大な過失により、不正又は不当な診療をしばしば行ったもの」と判断し、「監査要綱」の規定に従って本件各取消処分を行ったものであるところ、前記認定事実に照らしても、原告らは重大な過失により上記各違反行為をしばしば行っていたものと認めることができ、本件各取消処分が被告の裁量を逸脱してされたものであるということはできない。
  なお、原告らは違反が「しばしば」とはいえない旨主張するが、原告らがFにおいて入居者に対して診療を行う際には、前記認定のとおり、ほぼ常に入居者の居室や仮眠室で診療を行い、診療録と診療報酬明細書との突合・確認を行っていなかったのであるから、その頻度は「しばしば」であるというべきである。
  また、Fの仮眠室は、E診療所と一体性の強い構造であり、仮眠室が保険医療機関の場所であると確認しなかったことに重大な過失がない旨主張するが、前記認定によれば、FとE診療所は別個の建物であって、仮眠室が保険医療機関の場所であるか否かを確認することは、医師である原告らにとっては容易であったといえるし、そもそも原告Bについては、Fが保険医療施設ではないと認識していたのであるから(B供述7項)、原告らの上記主張は採用することができない。
(2) 原告らは、非常勤の勤務医という原告らの立場やD医師との関係、原告らの勤務実態に照らし、また、不正行為はD医師の独断で行われたものであって、D医師と同等の処分を原告らに科すことは均衡を失するから、本件各取消処分は裁量を逸脱してされたものである旨主張する。しかしながら、そもそも原告らは保険医として、自らの責任をもって法令を遵守して診療を行うべき社会的責任の重い立場にあったことからすれば、原告ら主張の諸事情を考慮しても、本件各取消処分が裁量を逸脱してされたものであるということはできない。
  また、原告らは、Cの開設する他の施設においても、原告ら以外にも同様の行為を行っていた医師がおり、原告らのみが処分を受けることは不公平であるとも主張する。しかしながら、仮にそのような事実が存在したとしても、保険医の登録の取消処分は、当該医師について、登録を取り消すべき事由がある場合に行われるものであって、当該医師以外の医師との均衡を考慮して行われるものではないから、原告らの主張は失当である。
  さらに、原告らは、これまで誠実に職務を尽くし、社会に貢献してきた善良な医師であり、保険医の登録を取り消されれば、医師として生計を得る道を断たれ、生活に重大な影響を受ける旨主張するが、そのような事情を考慮しても、本件各取消処分が裁量を逸脱してされたものであるということはできない。
      以上の検討のとおり、原告らの主張はいずれも採用することができない。

第4 結 論
 以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

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